自動空気ブレーキと制御弁 ⑦ 電車用 M三動弁
「自動空気ブレーキと制御弁」 第7回は、主に電車に使用された「M三動弁」について解説します。
M三動弁 (M triple valve)
【概要・開発】
WH社が1907年(明治40年)に開発した ※3、比較的短編成のEMU(総括制御電車)用の制御弁。急ブレーキ(伝達促進)、急又込め、階段弛めの機能を有する。
性能的には中途半端であるが、実用的で中小私鉄でも保守ができる自動空気ブレーキ装置であったため、日本では1920年代から第二次世界大戦後にA動作弁や電磁直通ブレーキに置き換わるまでの間、私鉄電車の標準的な自動空気ブレーキ装置として多数が採用された。
なお客車や5両編成以上の電車用には、同年に開発された、より高級な機能を持つ「L三動弁」が普及したが、日本には導入されなかった ※3。
【種類】
適用するブレーキシリンダの寸法別に M-1、M-2-A、M-2-Bがある ※16。
M-1 : 200mm 及び 255mmシリンダ用
M-2-A : 305mm シリンダ用
M-2-B : 355mm 及び 405mm シリンダ用
なお1924年(大正13年)に鉄道省が行った、P三動弁に代わる客車用三動弁を選定するための試験・試運転に、WH社はM-2-Cを提案したが ※17、その詳細については資料を発見できていない。
【構造】
ブレーキ管圧力と補助空気溜圧力の関係によってブレーキシリンダ圧力を制御する二圧式制御弁である。M-1及び M-2-Aでは水平に作用する主ピストンと滑り弁・度合弁が主要部であり、上部にそれらに直交する形で小型のバイパス弁が、また下部には垂直に更に小型の逆止弁が配置される。
M-2-Bでは主ピストンが垂直に配置され、逆にバイパスピストンと逆止弁は水平となっているほか、滑り弁座には M-2-Aよりポートが余分にあって、非常制動後に主ピストンを弛め位置に来させるようになっている ※16。
直通空気ブレーキを併設しているのが基本であったが、長編成化に伴い自動ブレーキ専用に移行した。原則として制御管(3両編成まで)または元空気溜管(4両編成以上)の引き通しが設けられる。引き通しを有しない場合は、代わって附加空気溜を設けるようである。
【作用】
直通ブレーキを含め、以下の作用を行う ※16。
- 弛め込め
ブレーキ管内の圧力が上昇すると、主ピストンは滑り弁側に移動(M-2-Bの場合は下降)し、ブレーキ管の圧力空気は込め溝を経て、また逆止弁を開いて補助空気溜を込める。逆止弁は、補助空気溜の空気がブレーキ管に逆流するのを防ぐ。更に制御管の空気も、三動弁の別の通路を経て補助空気溜を込める。このように3つの経路があるため、補助空気溜の込めは急速に行われる(急又込め)
補助空気溜の圧力はブレーキシリンダ圧力の下降に比例するので、ブレーキの弛めが終わるときには、補助空気溜が十分込められている。
ブレーキシリンダの圧力空気は №14複式逆止弁を経て、ブレーキ弁を経て排気される。 - 直通制動
ブレーキ弁ハンドルを直通ブレーキ位置に動かすと、ブレーキ管は閉じられると共に、制御管の圧力空気は直通空気管を通じて №15複式逆止弁に至り、使用しないブレーキ弁の通路を閉じる。次に №14複式逆止弁を通じて補助空気溜と連絡する。補助空気溜の圧力空気は №14複式逆止弁のピストンを押し、込め溝を通ってブレーキシリンダに送られてブレーキが掛かる。 - 直通制動重なり
ブレーキ弁ハンドルを直通制動重なり位置に移すと、制御管から直通空気管への通路が閉じられる。№14複式逆止弁は補助空気溜とブレーキシリンダとの連絡を絶ち、込め溝を閉塞するので、ブレーキシリンダ圧力は維持される。
この時ブレーキ管は、ブレーキ弁を通じて制御管と連絡しており、圧力空気が込められる。 - 直通制動弛め
ブレーキ弁ハンドルを弛め位置に移すと、ブレーキシリンダの圧力空気は №14複式逆止弁、直通空気管を経て、ブレーキ弁より大気へ排出される。 - 自動制動
ブレーキ弁ハンドルを自動制動位置に置くと、ブレーキ管の減圧により三動弁の主ピストンは度合弁側に動き(M-2-Bでは上昇)、込め溝を遮断すると共に、度合弁によりブレーキ管と補助空気溜との通路を遮断する。
次に滑り弁の動きにより、補助空気溜の空気が №14複式逆止弁を経てブレーキシリンダへ供給される。同時に急制動孔が開き、ブレーキ管の圧力空気は逆止弁を開いてブレーキシリンダに入る。
これによる若干のブレーキ管圧力の減圧により、常用ブレーキの伝達促進(急ブレーキ作用)が行われるが、その効果は大きくない。 - 全制動
ブレーキ管の減圧が早い場合は、三動弁の急制動孔は開かず、ブレーキ管の圧力空気はブレーキシリンダへ流入しない。そのため急ブレーキ作用は起こらない。 - 制動重なり
制動作用によって補助空気溜の圧力空気がブレーキシリンダに送られ、補助空気溜圧力がブレーキ管圧力より少し低くなると、主ピストンは制動重なり位置に動き、各通路は閉塞される。
更にブレーキ管を減圧すると、三動弁は再び自動制動位置を取り、補助空気溜よりブレーキシリンダへの給気を行う。ブレーキ管圧力を約 5 kg/㎠まで減圧すると、ブレーキシリンダ圧力と釣り合うので、それ以上の減圧は無効となる。 - 弛め重なり
三動弁が弛め位置を取っている時、補助空気溜圧力がブレーキ管圧力より少し高くなるまで込められると、主ピストンは弛め重なり位置を取り、各通路は閉塞される。この作用は、ブレーキ管圧力が 5 kg/㎠に込められるまで、繰り返し行う事ができる(階段弛め) - 非常制動
ブレーキ弁を非常制動位置に置くと、ブレーキ管が急激に減圧されるので、補助空気溜圧力空気がブレーキシリンダに流入して減圧されるよりもブレーキ管の減圧の方が早い。そのため補助空気溜の圧力により主ピストンは極端にまで押されて非常制動位置を取る。
この時補助空気溜の圧力空気はブレーキシリンダに流入すると共に、バイパス弁を開いて制御管の圧力空気をブレーキシリンダに流入させる。これによりブレーキシリンダ圧力は、常用ブレーキ時より高い圧力となる(非常高圧)
なお常用制動と非常制動を同じ主ピストンで制御するため、常用ブレーキ中には非常ブレーキを掛けられない、非常ブレーキの偶発が起こるなどの問題があった。
【適用ブレーキ方式・車種】
AMM-C:
編成内に制御管を引き通して補助空気溜を込める方式で、3両編成以下で運用される電車に採用された。
鉄道省では、大正3年(1914年)に京浜線向けとして竣工した デロハ6130形・デハ6340形に導入されたのが最初のようであるが、大正14年度新製車から J5A三動弁を使い、直通ブレーキを廃止した AVR自動空気ブレーキ装置に切り替えられた ※18。
私鉄でも少し遅れて導入が始まったようで、東武鉄道 デ1形(大正13年=1924年)などが初期の導入例である。
鉄道省モハ1035(←デハ33509)の AMM-C自動空気ブレーキ装置 主要部
2011年3月15日 リニア鉄道館
東京地下鉄道 1001号の AMM自動空気ブレーキ装置 主要部分
2007年9月1日 地下鉄博物館
AMM-R:
4両編成以上で運用される車両に適用される方式で、AMM-Cに空気圧縮機の同期装置を追加し、編成内各車両での空気圧縮機の稼働を均等化させたもの。長編成化に伴い電磁吐出を追加し、AMME-Rとした事業者もある。
第二次世界大戦後は A動作弁を使用した AMAに切り替える事業者が増加したが、AMM-Cを含めてローカル私鉄では、昭和38年(1963年)頃まで新製例が見られる ※8。
AMMR-R:
相模鉄道で使用された日立式電磁直通ブレーキ装置の、諸元表での呼称 ※19。自動ブレーキ部分は AMM-Rに中継弁を追加したものと思われる。同方式を搭載した車両は モヤ700型として残存しているが、種車の 7000系は後年 E制御弁に更新されており(厚木駅で実見)、同形式も更新済みである可能性が高い。
AMM(電気機関車):
AMM自動空気ブレーキ装置は直通ブレーキを持つため機関車用にも適しており、また保守が容易であったため、私鉄の小型電気機関車でも採用された。諸元表から ED26(富岩鉄道→国鉄→越後交通)、ED28(豊川鉄道→国鉄→山形交通・遠州鉄道)、ED32(伊那電鉄→国鉄→岳南鉄道)などで確認できる ※8。この内、遠州鉄道のED28はなお現役である。
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